~The world moves on~ Kuni Takanami's beach life photography blog | Photographer Kuni Takanami Beach life photos & talking shit

    スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

    Posted by kunihouse on  | 

    価値観を壊す作業がおもしろい

    _KNB9732.jpg

    見慣れてしまった景色。
    先天性の飽き症な自分にとって、これほどまでに退屈な物は無いと決めつけていた。
    だから旅を愛したのかもしれない。


    深い瞑想に入ったつい先日のこと、いつもと同じ景色なのに
    全く別の場所にいる様な気がした。
    同じ体、ソウルを持った自身のはずなのに、その時の心境によってキャッチする感覚、目線、
    得た情報から沸き出す思考が全く違う。

    諸行無常だった。
    すべての物事は移り変わり続け、永久不変の物は存在しない。
    この脳が作り出す思考もまた同じ様に移り変わり続ける。
    毎日横になるベッドでさえも、昨日とはどこかが変わっているのだ。
    今いるこの家も、昨日とは違う。

    見慣れてしまって飽き飽きしていたこの場所が、今日はとても心地がよかった。

    ありふれたこの景色、毎日見慣れた人、今からもう一度見てみようと思う。
    様々な立場、可能な限りあらゆる角度から。
    これまで自分が作り上げた頭の中の価値感を一度ぶち壊せるとしたら、
    このライフはもっと面白くなるだろう。

    それを写真に収めよう。

    _KNB9965.jpg

    スポンサーサイト
    Category : life
    Posted by kunihouse on  | 0 comments  0 trackback

    花のおかげ


    花ってすごいなー。
    蜜を蜂が吸ってとか、花粉を雌しべが受粉してとか
    もしその愛の粉を運ぶミツバチがこの世からいなくなったら、人間は生きて行けないと聞いた。
    それを言うならおれだって、このライフ、花に何度も助けてもらった。


    _KND1281.jpg

    走ったり、ゆっくり歩いて呼吸を整えたりして
    一歩づつ進んで行こうと思う。
    あのひとに言いそびれたことは無いかな?とか、考えながら
    今自分自身が出来ることのベストを、今日この日にすべて出し切って終わらせよう。

    ありがたく次の日を迎えられたなら、昨日の何が正解だったかなんてどうでもいい。
    もう一日もらえるなら
    昨日より少しはうまくいけるだろう。

    先日、道ばたに咲いていた一輪の花を摘んで
    ミツバチたちにはわるいことをしてしまった。
    あまりにもきれいだから、大切な人に渡したくなったんだ。
    その花のおかげであの人が笑ってくれた。
    ほんの一瞬だけ。

    お花さん、自己中心的で申し訳ない。
    でも、あそこに咲いていてくれてありがとう。





    Category : life
    Posted by kunihouse on  | 0 comments  0 trackback

    心の奥にあるもの

    嫉妬や不安、物事が思い通りに進まないときに生まれるイライラ。
    いろんな感情が押さえ込んで見えなくなってしまった心の奥底にあるもの。
    それが今になってようやく見えるようになった。
    やっぱりそこにあったんだ。

    おれは本当にわがままで、自己中心的でどうしようもないやつだった。
    大分遅れを取ってしまったけど、生きている間に気づかせてもらえたことは幸いだとおもう。

    ずっとこういう写真を撮りたかったんだよ本当は。。
    大好きなフォトグラファー、藤代 冥砂さんが撮った奥さんの写真。
    meisa.jpg


    仕事としてじゃなく、ただ生きているうちに愛する人の美しい姿を写真に残したい。
    自分にしか見せてくれないあの表情を写真に収めたい。



    Category : life
    Posted by kunihouse on  | 0 comments  0 trackback

    手つかずの自然が残る西タスマニアの大自然にも多くのプラスティック

    安けりゃ安いほど良い。というその日暮らし
    辛いことから逃げ、今を生きないつけ。
    明日やろう。という後回し。
    自分だけは大丈夫。という誤信

    すべてが重なり、いつしかそのしわは目に見えるばかりか、我々人間にとって生存の脅威となるほどに
    大きな波となって押し寄せる。



    州都ホバートから船で2日間の航海の先に辿りつくことができる
    圧倒的自然の宝庫、西タスマニア。
    富士の樹海が何十個以上も続く広大の面積の山々が続くこの大地は
    保護区のため、人は住んでいない。
    見渡す限り電線も家も、道路もない。
    そんな沿岸にはプラスティックのゴミが多く打ち上げられている。

    これらを延べ10日間に渡って拾い上げながら、「この世からプラスティックがなくなる術」を真剣に考えた。
    もちろん答えなんてみつからない。
    いや、むしろ答えはありすぎる。
    しかし今のこの社会のシステムにうまく当てはまる選択肢というのが、あまりにも少ない。
    なぜならかく言う私自身もこのプラスティックの消費者なのだ。

    細かくくだけ散ったプラスティックを目の届く範囲で徹底的に拾い上げた。
    おそらく沿岸沿いですらこの状況、海中・海底の様子はもっと深刻だろう。

    細かい話はまたある媒体にて掲載頂くとして、一つ気になるサイトのシェアをFBの友人を通じてみたので
    ここで上げさせてもらいたいと思います。

    どうしようもないリアルな現実。
    「 100円ショップでの安物買いが、人生を破綻させる5つの理由 」
    http://www.bllackz.com/2012/08/100.html?m=1

    そういえば、今は亡き母もこういっていた。
    「安物買いの銭失い」

    銭を失うばかりか、自らのライフさえも危険にさらしている原因のひとつが、
    「安物買いの銭失い」、つまり自分自身の行動だったとは、、、

    _KNF4087.jpg

    プラスティックはいずれ、ゴミとなり、無知な人、悪徳なゴミ処理業者、風雨の影響によって
    自然界に運ばれたそれは数千年にも及んで動植物の生態系に悪影響を与え続けます。
    ※ビーチに打ち上げられたゴミはほんの氷山の一角に過ぎず、自然界に及ぶ影響は計り知れない。


    今自分ができること、そしてやらざること。その積み重ねが間違いなく未来を作る。
    逆に言えば未来は今の積み重ねだろう。
    バタフライ効果というものをご存知だろうか。
    (もし初めて耳にするなら、ググると良いかもしれない。)
    ※例えれば、ここにこうして目に見える形で打ち上げられたゴミは(もちろん不慮の事故の影響もあるだろうが)
    かつて私たちがバタフライの羽、一振りほどの意識で道ばたにポイ捨てしてしまったものの途中形態でもある。

    今(未来)の先には愛する子や、子孫たちが密接に関係し存在し続けるだろう。
    サーフィンを通じて海と接することで、自然がなければ我々人間のライフもないということを改めて学んだ。
    一時的になら自己中心的に、とても曖昧な「自由」に酔い浸ることはできるが、
    すべての連鎖からは決して逃れることはできない。
    自然界の掟はいたって、シンプルだ。


    すべての生命が幸せであるために、個々が最善に美しくあって欲しいと願います。



    Kuni Takanami Official website http://www.kunitakanami.com/

    Photo Blog on Tumblr http://kunitakanami.tumblr.com/

    H.L.N.A Kuni Takanami Blog http://hlna.jp/blog/kunitakanami/




    Category : life
    Posted by kunihouse on  | 0 comments  0 trackback

    死して尚生きる人





    今日であの震災から3年が経ちました。


    そして今日一日を仕事に追われながら、今も被災地に住む人のことや亡くなった方のご冥福を祈っていました。


    ビートたけしさんが震災後に語った記事が今日も話題になっていたので拝読しましたが、
    心にそれが突き刺さりました。


    下記ビートたけしが震災直後に語った「悲しみの本質と被害の重み」より引用


    「常々オイラは考えてるんだけど、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。
    人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。


    かつて仏陀と呼ばれた賢人達が悟りを開き、その真を解きました。
    この世に永久不変の物は一つとしてありません。
    「諸行無常」とは良く言うけど、しかし愛する人との別れは何よりも辛いのです。
    3年前、その辛い出来事が何万件も同時に起こってしまった。




    だれでもいつかは死ぬと分かっていても、
    その時がくれば辛いのです。

    では今を生きる私たちに何が出来るのか?

    漠然とした問いの中にも実は答えがあるようにおもえました。
    ※これは僕自身が出した答えであり、世間一般に通じる物ではありません。

    それは、生まれた瞬間から向かい始める死に対して備える事。
    備えるとは寿命を延ばす為にお金を貯める事ではありません。
    ましてやシェルターを作ってそこに身を隠し続ける事でもない。

    備えるとは、
    ○愛する人と過ごす事に時間を費やす事
    ○やりたかった事に挑戦する事
    ○人を愛する事
    それだけじゃないかと思う。

    レジェンドオブフォールと言う映画にも出て来る古代インディアンの詩があります。
    「死には良い死と悪い死がある」と

    自分の愛する子供達にもいつかその時が訪れるでしょう。
    そのとき、彼達の「後悔」が一つでも少なくあって欲しい。
    出来る事なら「あの時、あの人に愛してると伝えられて良かった」と思える様な最後の瞬間を迎えられる人生を歩んで欲しい。
    そして美しい姿(心)に輪廻して欲しい。

    だから、今を生きる僕は、僕らを作ったこの自然を美しい姿のままに守って行くことが仕事なのだとおもう。

    3年前の今日、悲しくもこの世を去ってしまった方達に心よりご冥福を祈ります。
    そして彼等が美しい姿に輪廻出来る様、自然の法に従い美しい自然を守り続けることに全力を尽くします。




    Category : life
    Posted by kunihouse on  | 0 comments  0 trackback
    このカテゴリーに該当する記事はありません。
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。